
ペリクルとは?半導体のEUV露光・回路形成を支える機能を解説
ペリクルとは、半導体の製造工程において、EUV(極端紫外線)露光時に使用されるフォトマスクを異物から保護する防塵カバーを指します。半導体における微細な回路の形成にはEUV露光機が用いられますが、露光機の性能向上に伴い、高耐久のペリクルの開発が求められています。ペリクルはフォトマスクに回路パターンを形成する際に、異物が付着することを防ぎ、高品質な回路の形成を支える重要な機能を持つ部品です。三井化学株式会社やリンテック株式会社などの会社がペリクルの開発・製造を進めています。
半導体製造の歩留まりを左右する「ペリクル」の役割
半導体製造において、ペリクルは歩留まりを大きく左右する重要な役割を担っています。半導体の製造プロセスでは、微細な回路パターンをフォトマスクに描き、それをシリコンウェハーに転写する「フォトリソグラフィ」という工程が不可欠です。この際、フォトマスクの表面に塵や異物が付着すると、その異物も回路パターンとして転写されてしまい、製品の不良につながります。ペリクルは、この異物の付着からフォトマスクを保護する防塵カバーの役割を果たしています。
ペリクルを取り付けることで、仮に異物が付着しても、露光時の焦点をずらすことでウェハー上への転写を防ぎ、欠陥の発生を抑制します。 このペリクルの役割により、半導体製造における歩留まり、つまり良品率を向上させることが可能となります。半導体の微細化が進むにつれて、この防塵機能の重要性は一層高まっており、特に最先端のEUV露光においては、高い光透過率、極めて高いクリーン度、そして長時間の露光に耐える優れた耐久性を持つペリクルが求められています。 各企業は、半導体製造の効率と品質向上に貢献するため、高性能なペリクルの開発と製造に注力しています。
ペリクルがフォトマスクを異物から保護する仕組み
ペリクルは、透明な薄膜(ペリクル膜)とそれを支えるフレームで構成されており、この構造によってフォトマスクを異物から保護します。具体的には、ペリクル膜がフォトマスクの表面から数ミリメートル離れた位置に設置されることで、仮に空気中の塵や微粒子などの異物がペリクル膜の表面に付着しても、露光光の焦点がフォトマスクの回路パターンに合致するため、異物の影がウェハー上に転写されるのを防ぐことができます。この「焦点ずれ」の原理により、異物が露光に影響を与えることを回避し、欠陥のない回路形成が可能になるのです。ペリクル膜は非常に薄く、露光光をほとんど吸収せずに透過させる特性が求められます。特に、最先端のEUV露光では、EUV光は真空中でしか伝搬しないため、ペリクル膜もEUV光を吸収しない特殊な素材で製造される必要があります。このように、ペリクルの独特な構造とペリクル膜の素材特性が、半導体製造におけるフォトマスクの保護と高品質な回路形成を支えているのです。
半導体技術の進化とともに変わるペリクルの素材
半導体技術の進化は、ペリクルに求められる性能を大きく変え、その素材も多様化しています。特に、露光技術の進歩はペリクル素材の進化を強く牽引してきました。初期の露光技術では、i線やKrFエキシマレーザーといった波長の長い光が使用されており、これらの光に高い透過性を持つ有機高分子材料がペリクルの素材として主流でした。これらの素材は、高い透過率と優れた加工性を持つため、広く利用されていました。
しかし、半導体の微細化が進み、ArFエキシマレーザー露光が主流になると、より短波長の光に対応できる有機系の新素材が開発されました。さらに、最先端のEUV露光技術の登場は、ペリクルに革新的な変化をもたらしました。EUV光は従来の光とは異なる特性を持つため、従来の有機系素材では光を吸収してしまい透過率が著しく低下するという課題がありました。この課題を克服するため、シリコン(Si)を主成分とする無機系素材の開発が進められています。無機系ペリクルは、EUV光に対する高い透過率と、露光時の熱に耐える優れた耐熱性を兼ね備えています。このように、半導体技術の進化とともに、ペリクルはその素材や成分を変化させ、常に最適な性能を発揮できるよう開発が進められているのです。
ArF露光で主流の有機系ペリクル
ArF(フッ化アルゴン)露光技術は、半導体の微細加工において重要な役割を果たし、この技術で用いられるペリクルの主流は有機系素材で構成されています。ArF露光は193nmという非常に短い波長の光を使用するため、ペリクルにはこの短波長の光を効率的に透過させる性能が求められます。有機系ペリクルは、フッ素系ポリマーなどの高分子材料を基盤としており、これらの素材はArF光に対する高い透過率と優れた耐熱性を兼ね備えています。
製造プロセスでは、まずペリクル膜の材料となる有機系ポリマー溶液をクリーンルーム内でガラス基板上に塗布し、均一な厚さの薄膜を形成します。その後、乾燥工程を経てポリマー膜を硬化させ、特定の形状に加工されたフレームに取り付けて製品が完成します。近年では、ペリクルの膜厚をさらに薄くし、透過率を向上させる研究も進められており、例えば、次世代の有機系ペリクルとして、グラフェンやカーボンナノチューブといった新素材の応用が検討されています。カーボンナノチューブは、その優れた透明性と強度から、既存の有機系ペリクルよりもさらに高い性能が期待されており、半導体デバイスのさらなる小型化・高性能化に貢献すると考えられています。有機系ペリクルは、その高い光透過率と柔軟性により、ArF露光の歩留まり向上に不可欠な存在となっています。
最先端EUV露光で不可欠な無機系ペリクル
EUV(極端紫外線)露光技術は、半導体のさらなる微細化を可能にする最先端技術であり、このEUV露光において無機系ペリクルは不可欠な存在となっています。EUV光は13.5nmという非常に短い波長を持つため、従来のArF露光で用いられていた有機系ペリクルでは光を吸収してしまい、十分な透過率を確保できません。この課題を克服するため、シリコン(Si)を主成分とする無機系材料がEUVペリクルとして開発されています。無機系ペリクルは、EUV光に対する高い透過率を誇り、露光時の高温に耐えうる優れた耐熱性も備えています。例えば、三井化学やHOYAといった企業は、EUVペリクルの開発・製造に注力しており、高性能な無機系ペリクルの実用化に向けて技術革新を進めています。特に、EUV露光装置内部は真空環境であるため、ペリクル自体が汚染源とならないよう、極めて高いクリーン度も求められます。無機系ペリクルの開発は、最先端半導体の量産化を支える重要な要素であり、その性能向上は半導体産業全体の発展に大きく貢献しています。
高品質な回路形成に求められるペリクルの3つの重要特性
半導体の回路形成において、ペリクルは高品質な回路を安定して製造するために不可欠な部品です。特に、以下の3つの特性が重要視されています。
露光光を妨げない高い光透過率
ペリクルにとって、高い光透過率は、露光プロセスにおいてフォトマスクの回路パターンを正確にウェハーに転写するために非常に重要な特性です。ペリクル膜の透過率が低いと、露光に必要な光量が減少し、露光時間が長くなるだけでなく、露光ムラが生じることで回路の欠陥につながる可能性があります。特に、EUV露光では、EUV光が従来の光と比べて物質に吸収されやすいという性質を持つため、ペリクルには90%以上の極めて高いEUV光透過率が求められます。現在、EUVペリクルはポリシリコン膜やカーボンナノチューブ(CNT)膜など、EUV光を効率的に透過させる特殊な素材で開発が進められています。
例えば、三井化学はEUVペリクルの商業生産を2021年に開始し、2024年5月時点で、高いEUV透過性(≧92%)を兼ね備えたCNTペリクルの事業化に向けた量産用設備の設置を決定しています。また、imecとのパートナーシップにより、2025年から2026年を目標に高出力EUV露光向けCNTペリクルの導入を進め、94%以上の透過率を目指しています。ペリクル膜の厚さは一般的にサブマイクロメートルから数マイクロメートル程度ですが、EUVペリクルは数十ナノメートルと非常に薄く、この薄さが高い透過率の実現に貢献しています。また、透過率の均一性も重要であり、膜厚や屈折率、吸光係数の面内均一性が高いことが求められます。ペリクルにはさまざまなサイズがありますが、例えばEUVペリクルでは110.7 x 144.1 mm2(内側)や118.0 x 150.7 mm2(外側)といった特定のサイズが求められています。
異物を発生させない極めて高いクリーン度
ペリクルにとって、異物の発生を極力抑えるクリーン度は、半導体製造の歩留まりに直結する非常に重要な特性です。半導体回路の微細化が進むEUV露光では、わずかな塵や不純物も許されないため、ペリクルの製造はクリーンルーム内で厳格な品質管理のもとで行われています。ペリクルの製造メーカー各社は、独自のクリーン技術と検査技術を最大限に活用し、異物の発生を徹底的に抑制しています。
例えば、三井化学では、クラス1のクリーンルーム内でクリーンロボットシステムを導入し、高品質なペリクルを安定して製造しています。 リンテックも、先端半導体向けEUV露光機用ペリクルの量産体制確立に向けて、2025年度内の量産を目指し、米国と国内の研究所で要素技術開発を推進しており、高いクリーン度を持つペリクルの開発に力を入れています。 また、信越化学も半導体関連分野で培ったクリーン技術を最大限に駆使し、リソグラフィ工程の歩留まり向上に貢献しています。 このように、各社はクリーンな製造環境と厳格な品質管理により、異物を発生させない極めて高いクリーン度を実現し、半導体製造の高品質化を支えています。
長時間の露光に耐える優れた耐久性
半導体製造プロセスにおいて、ペリクルはフォトマスクを保護する防塵カバーとして、長時間の露光に耐えうる優れた耐久性が求められています。特に、EUV露光では、非常に高出力なEUV光が使用されるため、ペリクルは高い熱安定性と機械的強度を両立する必要があります。従来のシリコン系素材のペリクルは400℃以下で割れる可能性がありましたが、近年注目されているカーボンナノチューブ(CNT)製のペリクルは、高温環境下でも化学変化や強度低下を起こしにくい特性を持ち、鋼鉄よりも数十倍以上強い引張強度を持つとされています。これにより、薄くても圧力や振動に耐えることができ、長時間の露光による熱や機械的ストレスに耐えることが可能です。
また、FPD用ペリクルにおいても、液晶や有機ELの露光に耐える耐久性が重要です。ディスプレイの大型化や高精細化に伴い、露光時間も長くなる傾向にあるため、ペリクルには安定した性能が求められます。三井化学株式会社は、EUVペリクルやfpd用ペリクルなど幅広い製品ラインナップを展開し、それぞれの露光波長に合わせた耐光性のある膜材料を選択し、長寿命を達成しています。リンテック株式会社も、高耐久のCNT製ペリクルの開発に着手し、2025年度内の量産体制確立を目指しており、今後、より高性能なペリクルの開発が進むことで、半導体製造のさらなる安定化と歩留まり向上に貢献すると考えられます。
まとめ
本記事では、半導体製造において不可欠なペリクルについて、その基本的な役割から最新のEUV露光に対応する素材の進化、そして高品質な回路形成に求められる重要特性までを詳しく解説しました。ペリクルは、フォトマスクを異物から保護する防塵カバーとして、半導体製造の歩留まり向上に大きく貢献しています。初期の露光技術では有機系素材が主流でしたが、半導体の微細化が進むにつれてArF露光に対応する新素材、そして最先端のEUV露光では、EUV光に対する高い透過率と耐熱性を持つ無機系素材が開発されてきました。ペリクルの進化は、半導体技術のさらなる発展を支える重要な鍵となるでしょう。

西進商事コラム編集部
西進商事コラム編集部です。専門商社かつメーカーとしての長い歴史を持ち、精密装置やレーザー加工の最前線を発信。分析標準物質の活用も含め、さまざまなコラム発信をします。

